なお, 私は法律の専門家ではありません。このページの記述に間違いが含まれている可能性は限りなく高いです。ということで, 怪しいと思ったら突っ込み入れて下さい。 メールでどうぞ。
音楽の方はこれでいいのですが, MP3 エンコーダの特許面に関しても, 何が問題なのかがちゃんと理解できている人があまりにも少ないようなので, まとめてみます。
ISO の標準化に参加している団体が提案してきた技術の有効性を確かめ, 便利なものであればそれを採用する。 それがどこかの国で誰かが特許を持っている・いないなどは関係ない。
このため, 大抵の規格において, その規格通りの動作をする機構を実現するのにほぼ不可欠な, 基本的な技術の多くに特許が申請され, 認められている。
これは MP3 のエンコーダについても同様である。 これらの特許を回避するエンコーダを書くことも多分, 不可能ではないのかも知れないが, かなり難しい。一部の特許に関しては, おそらくどうあがいても, 絶対に無理と言いたくなるようなものもある。 というのは, 「他のエンコーダとの差別化のための技術」ではなく, 「(まともな) MP3 エンコーダそのものを作るのに必須の技術」にも, 特許が認められていることである。
前者であれば, 特許とは違う, 他の方法を用いることによって回避することが可能であろうが, 必須の技術であるがために, そうはいかないのである。
例をあげると, MS ステレオ, mixed block, 音響心理解析, ハフマン符号化の工夫, ある周波数変換を音響圧縮に用いること, などがある。 MS ステレオや mixed block はその機能を使わずに エンコードすればいいのだが, 当然音質は悪くなる。音響心理解析にいたっては, まさに mp3 の肝となる技術であり, これなくしては mp3 の音質はどうしようもないものになってしまうだろう。さらには, ハフマン符合の工夫や, 周波数変換に至っては, こういった変換をすることが MP3 のフォーマットの中で規格として存在しているため, これらの技術を使わなければ MP3 ファイルを作ることは不可能である。
さて, こういったあまたある特許を所有しているたくさんの企業/団体のうち, 特に FhG と Thomson Multimedia 社は実際にその特許権を行使しており, いくつかの会社 から使用にあたって使用料をとっている。 もしかすると他にもあるのかも知れないが, いまのところ公に知られているのはこの二社のみである。
彼らが取得している特許にも, mp3 エンコーダに不可欠な技術が含まれている。 たとえば, 前述のハフマン圧縮。 「音響信号の特性を生かして事前に計算したハフマンコードの木を用いて, 効率良く音響情報の可逆圧縮を行なう装置」 が特許になっているが, この, 「事前計算したコードを使ってハフマン圧縮を行なう」ことが mp3 のファイルフォーマットの規格に含まれており, この可逆圧縮を行なわなければできたファイルは mp3 ファイルにならない。 雑音だらけの信号さえおそらく作れないだろう。
これは, わかりやすく言うと, 「アルファベットを使わずに英文を書く」 ようなものである。違う国の文字を使えば良いのかも知れないが, それでは, 英文でなくなってしまい, 標準的な「英語が読み書きできる人」 (ようするに, 標準的な mp3 デコーダ) がそれを理解することはできないだろう。 おそらく, 書けるのは空文, つまり, 圧縮を全く行なわなくても良い情報量ゼロ (つまり, 完全無音) の mp3 ファイルぐらいと思われる。
もっとも, FhG の出している特許はあまりにも漠然としたものが多く, また, それほど新規性のないものも結構ある。そのため, もしかすると無効性を訴えれば通る可能性がある。 とはいえ, それには法的手段に出て, それが無効であることを証明しなければならない。 おそらく, かなりのお金がかかってしまうだろうし, 個人が伊達と粋狂でやるにはちと辛い。
FhG とトムソンマルチメディアの特許は, かつてアメリカとドイツでしか成立していないとされていた。 しかし最近, 彼らのの管理しているページにおいて, 彼らの所有する mp3 に関係する特許の一覧が公開され, その中には日本国内での特許もいくつか出ている。また, それらが嘘ではないことが, 特許庁の電子図書館 などで確認できる。
ここで、注意しなければいけないのが、 特許制度で保護されるものの範囲についてである。
多くの国では, ソースコードそのものには特許は認められない。 ソースコードは「技術的思想の創作」とみなされないからである。 「物」や「装置」に対してのみ, 特許は認められる。実行可能バイナリや, それを書いた記憶媒体などが「装置」と認められるが, ソースコードは「アルゴリズム」をしるした, 設計図であり, 装置ではないからである。これについて、詳しくは後述する。
もし, 設計図やアルゴリズムの説明文の配布が駄目なのであれば, 特許公告の文章さえも配布できなくなってしまうが, 特許庁にいけばいくらでも (手数料はとられるが) コピーできるし, 前述のように WEB から調べれば実質的に無料で特許の内容を調べることができる。
また, 「試験・研究のために利用する時」は特許権の保護に含まれないとされている。 このことは例えば日本では著作権法69条で規定されている。 特許で保護されるべき装置であっても, 実験に使う, あるいはそのシステムをより改良するために研究室でその特許を使った機械を作る, などの場合は特許侵害は問題にならない。
これは, 特許が「最初に技術を発明した人を保護する」とともに, 「よりたくさんの人に技術を広め, その技術の改良を促進する」 ことを目的にしているのだから, 当然である。
1998年, 9月に FhG が各種エンコーダ作者に送った, 特許侵害の確認と使用料を求めるメールは, "product" に対しての使用料をもとめているが, 何がその対象になるのかは明記してない。 ソースコードともエンコーダのバイナリとも書いてないが, ここまでの議論的には「バイナリ」と見るのが自然であると考えられる。
また, 同じく FhG の送ったメールには, 「mp3 ファイルそのもの」に対しても ライセンス契約をしたという記述がある。しかし, FhG の特許は, そのほとんどはエンコーダに使う技術であって, mp3 ファイルそのものにかかる物ではない。確かに, エンコーダの特許はいわゆる「製法特許」に相当するから, 製造物に関してもライセンスが必要なのは確かである。しかし, それはすでに mp3 エンコーダに対するライセンス料金の部分で支払われているはずで, 二重に料金をとるのはおかしいのではないだろうか? (いわゆる消尽理論)
とりあえず, このメールが送られた1998年9月を境に, Plugger, CDex, soloH, 8Hz, Blade, Canna などたくさんのエンコーダの配布が止まり, オープンソースコミュニティを中心に, 世界中でたくさんの議論がまきおこった。
なお, このメールは mp3.com で取り上げられており, メールの内容を mp3.comのニュースコーナーの過去アーカイブで見ることができる。
コンピュータプログラムのソースコードは著作物として認められる。 ソースコードはベルヌ条約第二条で「文学的著作物」として認められており, 日本でも同様である。従って, 配布条件をつけるとか, 違反者に損害賠償を求めるとかいったことができる。
著作物を「作る」ことは本来自由なはずである。 作ったものを公開することによって, 他人の権利を侵害するような場合は, 公開や配布を禁止されることはあるが, このような場合, 「他人の権利」と, 「言論の自由」の間で裁判になることが多い。
前述の FhG からのメールには, あらゆる mp3encoder/decoder は特許侵害にあたり, "make" することだけでも許可が必要だといっているが, 少なくとも, ソースコードに関しては, これは言論 (著作) の自由の明らかな侵害であり, おそらく無視してもかまわないだろう。
多くのフリーのエンコーダがベースにしていた ISO のコードは, ISO が無料で配布している。また, FhG も配布している。 が, 使用にあたっての条件はついている。 したがって, 作者がフリーだといっても, そのコードに ISO のコードが含まれている場合, その部分の使用 (配布を含む) にあたっては, ISO の規定する条件に従わなければならないし, この点で「フリー」だと言い張る作者は著作権侵害をしていることになる。
具体的な使用条件は, dist10.tar.gz を展開してできるファイルのうち, dist10/doc/readme.dp.01.txt の, 「Disclaimer of Warranty」に続く文がそれにあたる。
わからんことは、Tord はスエーデンに住んでいるという事である。 私の知る限り、スエーデンではソフトウェア特許は認められないので、 彼がファイルをどうしようと問題はないはずである。また、 特許が認められている国に、その特許を使用した物品を 国外にファイルを持ち出す事が禁止されるかも知れないが、 これは「持ち出した先」の国で輸入禁止措置をとるなどの手続きをとるべきものであって、 「持ち出す元」で規制をかける必要があるわけではない。
特許紛争の際に、「XX が YY 製品のアメリカへの輸入差し止めを申請」 というのがあるが、このような場合、差し止めを行なうのはアメリカの税関である。 そのパターンから考えると、 インターネットで配布されているソフトの差し止めを行なうべきなのは、 その国の ISP ということになる。持ち出す元である Tord に対して規制をかけるのは、 言論の自由の侵害ではないだろうか。
この辺は彼がどういうメールを FhG からもらったかを見ないと何とも判断は難しい。 しかしながら、一番注目すべき事は、「ソースの配布が止まっていない」事である。
Tord が「ソースコード配布まで制限するのは違法だ。文句いったら、 裁判受けてやる!」と思って、配布を続けているのか、それとも、 FhGのメールにもとから「バイナリ消せ」としか書いてなかったのか、 そこまではわからない。しかしながら、この事実からは、 ソースコードの配布は駄目ではないような気がしてくる。
こういった配布形態をとったことによるのかどうかは不明だが, これまで2年近く続いている LAME の開発の中で, 未だに FhG からの警告や訴訟は来ていない。
しかしながら, この配布形態も十分にグレーである。 ISO のサンプルコードは, [as is] であれば, 自由に配布することができる。 しかし, コードそのものを改変したり, コンパイルしたりすることに対しての保証はない。 そして, LAME のかつて配布していた, パッチはその保証されていない「改変」や 「コンパイル」を各自にしてもらうことを要求しているわけである。 つまり, ある意味, 違法行為となるかもしれないことをするように仕向けているわけである。 もちろん, パッチの使用条件の中には, 特許ライセンスが必要な国と地域では各自で取得した上で使用すること, となっているが, へたをすると違法行為の幇助ととられる可能性がある。
さらに, 最近の LAME は遂に ISO のコードをベースにしている部分がなくなった。 よって, 全てのコードを自分で設定した配布条件で配ることができるようになり, 実際パッチではなくソースコードそのものが配布されている。 配布条件は, いまのところ LGPL を特許に関するところだけ改変したものなっている。 具体的には, 本来であればソースコードとそのすべての派生物の配布を 無料で行なえるとなっているところが, ソースおよび派生物の使用にあたって, 特許の使用が必要な国と地域では各自で権利を取得した上で使用すること, となっている。
さて, このコードの配布形態変更に関して何か問題が起きる可能性はないだろうか。
たしかに, ソースコードはソースに過ぎず, 装置ではない。 したがって, 本来ソースを配布する行為に違法性はないと思われる。 しかし, パッチよりはより装置に近い存在である。 このソースコードは, ボタン一つとか make とタイプするだけで, 特許侵害にあたるバイナリを作ることができる。 さらに, FreeBSD の ports などでは, こういった行為を全自動で行なってくれる。これでは, バイナリコードとソースプログラムの違いはほとんどわからない。 さらに, C インタプリタの存在を考えると, C のコードそのものを「装置」とみなされる可能性もある。
とはいえ, ソースコードの配布は問題ないと思われる。今言ったように, 装置とコードの区別はむずかしく, おそらく法律的には微妙な存在であるが, いまのところ, 少なくとも日本の特許庁 の法解釈として web に掲げられている, 発明に該当しないものの類型の (6) に「コンピュータプログラムリスト」が提示されているからである。
また, 私の知る限り, いわゆるオープンソースなプロジェクトで, こういった特許が問題になって, 配布をしている団体に対して警告が来たとか, ソースの配布も止まったと言う話を聞いたことはない。 前述の通り, bladeenc もバイナリの配布は停止したが, ソースの配布は続いている。
ソースコードが配布できても, コンパイルしなければ使えないのだから, 依然として特許の問題は残る。 しかし, オープンソースプロジェクトにおいてソースコードが公開されているのは, 世界中のあらゆる人間に開発者になってもらうためであり, ある意味, 使用している人は全員が開発者なわけである。つまり, 単に使っているように見えて, 実は壮大な「ベータテスト」であり, 開発に参加してもらっているのである。 と考えると, コンパイルを行なう行為はあくまで「開発の一部」であり, 特許の保護が及ばない範囲であると考えることも可能である。
さらに, LAME のホームページにもある通り, LAME は「教育・研究目的のソフト」 でもある。実際, 海外ではいくつかの大学において, LAME のソースコードを元に, いくつかの論文に記された技術の実装などが研究されているといい, 開発者 ML にもいくつかそういったところから質問メールなどが来ていることがある。
と, ここまで考えると LAME がずっと改良を続ける限り, LAME を使うことはすべて開発行為であり, 特許違反にならないかも知れない。
もっとも, こういったオープンソースな開発形態は, 特許制度や法の想定からは大きく外れていると思われる。特に, 不特定多数の人間が開発に関わり, 一体誰が開発チームで, だれが使用者であるのか, などと言ったことはわからないと言う点は, かつての特許制度や科学技術の研究体系とは大きくことなるものであり, 特許制度がこれを想定しているとは思えない。
それに, この「世界中の人が開発者」という理論は, オープンソースの開発モデルの理想的には確かにそうなのだが, 実際のところそうではないのは明らかであり, 裁判になった場合, これが認められるとは思えない。というか, 裁判をしなければ何も明らかにならないであろう。
また, 開発という行為でカバーできるのがどこまでかと言う問題もある。 私がLAMEのソースをコンパイルしてあるテスト信号をエンコードして, 結果をしらべ, MP3 エンコーダの再現性や速度をあげることはおそらく合法であろう。 しかし, 同じ私が, 同じようにコンパイルしたバイナリで100枚のCDをエンコードし, パソコンをジュークボックスにしたりしたら, それは開発とは言うにはあまりにも無理があり, 特許侵害となる可能性が高い (もっとも, その100枚のCDのエンコードに使ったエンコーダが何であり, 権利を正当に所有しているのかどうかは自分以外の誰もおそらくわからないのだが)。
音楽を楽しむために「ジュークボックス」を作るのは開発とはみなせないが, 「たくさんの曲をエンコードしたのは, 非常に多数の, あらゆる種類の音楽に対して, エンコーダ改良結果の比較を行なうため」と言えば, 全く同じ行為が開発となるだろう。裁判所が納得するかは別として。
ということで, 結局, 裁判にでもならない限り, このあたりのグレーゾーンは解決しないのかも知れない…。こまったなあ
どちらにせよ、オープンソースという開発モデルが今後より一般になるには、 このような特許の問題は避けては通れないものと思われる。 誰かが裁判を受けて立つ必要があるのだろうが、誰が受けるのか。 なかなかに、難しい問題であると思われる。